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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)8028号 判決

原告 いせや商事株式会社

右代表取締役 永井新一郎

右訴訟代理人弁護士 円山潔

被告 株式会社三佳商店

右代表者代表取締役 府金利三郎

右訴訟代理人弁護士 島田清

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

(一)  原告が宅地建物取引業を営む株式会社で、昭和三三年二月一三日から同年三月二七日までの間新聞紙上で本件建物の売却広告をしたところ、同年三月二七日被告から本件建物の買取周旋を委託され、被告に対しその平面図の交付、現場案内、売買価格の交渉等の周旋をした事実及び被告が本件建物を買取つた事実は当事者間に争いがない。

(二)  原告は本件建物の売却周旋を所有者白木三郎から、同人が所有者でなく三環真珠株式会社が所有者であれば、同会社から白木を通じて、委託され、それによつて被告から買取周旋の委託を受けたと主張するのに対し、被告は、所有者は三環真珠株式会社であると主張するとともに、同会社が白木を通じて原告に売却周旋を依頼したことを争うのでこの点について判断する。

成立に争いのない乙第二号証の記載に証人森仁司、同西川又蔵の各証言をあわせれば本件建物はもと白木三郎の所有であつたが、昭和三二年九月ごろ三環真珠株式会社が白木からこれを買い受けて所有権を取得するとともにその頃白木に対して本件建物の売却方を依頼し同人が原告にその売却の周旋を委託したので、原告は、右委託にもとずいて前記の広告等をして被告から買取周旋の委託を受けたものであることが認められる。

(三)  次に原告は一般に宅地建物取引において仲介業者にいつたん買受を委託して目的物件を示された後右業者を介することなく直接売主と売買を成立せしめた場合には右業者はなお自己の周旋によるものと同様報酬を請求し得べき旨の商慣習があるとして、その慣習にもとずいて報酬の支払を請求すると主張するところ被告が後に本件建物を買い受けたことは前記のとおりであり、その売買は結局において原告の周旋そのものによるものでないことは弁論の全趣旨から明らかである。しかしそのことから直ちに本件が原告主張の慣習によるべきかどうかはなお検討を要すべきものがある。よつてさらに右売買の成立にいたつた事情についてみるに、証人後藤志郎、同村木志郎の各証言及び被告代表者尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば次のように認めることができる。すなわち被告は、原告に本件建物買取周旋を委託した昭和三三年三月ごろ、同人が居住していた建物の明渡を求められ、その移転先を探していたところ、本件建物を原告から紹介されたが、被告の手持資金では、これを買い取るに充分でなかつた。そこで不足資金の融資を静岡相互銀行蒲田支店に申込んで接渉したが、同行から被告との取引の実績もなく、返済能力も疑しいとて右融資をことわられそのために本件建物を買取ることができなくなつた。そこで同年五月ごろ原告会社の担当者森仁司に口頭で右の事情を話して本件建物買受委託をことわりその旨原告の諒解を得た。しかし被告はその後もなお移転先を物色中、同年七月ごろ被告会社の代表者府金の親戚の訴外伊藤から他の不動産取引業者である株式会社室町土地の代表者村木志郎を紹介され、同会社から色々と物件を案内されたが気に入らなかつたところ、たまたま同会社もまたかねて直接三環真珠株式会社から本件建物の売却周旋を依頼されていたのでこれを被告に紹介した。一方、被告はそのころ再度、静岡相互銀行蒲田支店に融資を申込んでいたが、同年八月はじめごろ右融資を受けられる見とおしがついていたので結局本件建物を前記株式会社室町土地の周旋により、三環真珠株式会社から代金三四〇万円で買い取り室町土地に手数料七万円を支払つたという次第である。

右認定事実によれば、被告の本件家屋買取は、その取引の過程におつて原告を無断で排除したものではなく、原告との間の売買周旋の委託を解除した後、別途他の取引業者がたまたま同一物件たる本件建物を紹介し、その周旋によつて買取つたものである。従つて原告の周旋が本件取引の機縁となつたというものではなく、また被告において原告のすでに行つた周旋の結果を利用したものともいうことはできない。このような事態ははじめ本件建物の所有者たる三環真珠株式会社が原告及び株式会社室町土地の双方に直接間接売却の委託をした結果によるものであり、原告と室町土地とは期せずして競争関係に立ち、しかも時を異にはしたが偶然同一の顧客たる被告との間に取引関係を生じたものに外ならない。そのいずれの側の努力が売買に結実するかは一に自由競争にまかされているのである。原告主張の商慣習はもともといつたん売買の委託をし、売主や目的物件を示された後にあえて仲介者を排した直接取引をするときは仲介者の利益を害するとともにその努力の成果を奪うものであつて不当であるとの観念に出るものであるからこれが適用をみるのはおのずからそのような場合に限定さるべきであり、いやしくもいつたん委託がなされた後売買成立があれば、その事情のいかんにかかわらずすべて適用あるものと解すべきではない。してみれば右に認定したような本件は原告主張の慣習にあてはまるものということはできない。すなわちこの点の原告の主張は失当である。

(四)  次に、原告は、原告が被告に本件建物の平面図の交付、現場案内等をした行為は、その営業範囲に属する行為であるから、商法五一二条により、相当の報酬を請求することができると主張する。思うに宅地建物取引業者が不動産取引の媒介を引受ける契約は他人間の取引契約の媒介を引受ける契約即ち仲立契約であつて、この契約の内容は、通常、受託者は契約の成立につき尽力する義務を負い、委託者は契約の成立に対して報酬を支払う義務を負うものであるから、媒介に必要な行為をしたのみでは報酬を請求し得るものではなく、そのために、その媒介にもとずき取引契約が成立することが必要であると解するのを相当とする。このことは商法上の仲立人に関しては当然のこととして商法五五〇条、五四六条はこれを前提として規定せられたものであり、この場合、同法五一二条は仲立契約の締結に際し報酬の定がない場合にもその媒介行為により契約が成立した場合に報酬を請求し得ることを意味するに過ぎない。通常の不動産取引はそれ自体は商行為でないから、かかる取引契約の媒介を引受ける仲立はいわゆる民事仲立であつて右の商事仲立ではないけれども仲立行為の本質からみて両者を別異に取扱う理由はないから、民事仲立についても右商法五四六条、五五〇条の類推により前記のように解するを相当とする。従つて原告の周旋により本件建物の売買契約が成立しなかつたのである以上原告はその報酬を請求することはできない。

(五)  さらに原告は本件のように売買周旋委託の解除があつても、それが周旋の途中であり、原告の帰責事由によるものでない上に、被告の所期の契約が結局において成立した以上原告は受任者として相当の報酬を請求できると主張する。しかしさきに認定した事実によれば、被告は原告に対し、その委託後久しからざる昭和三三年五月ごろすでに買取周旋の委託を解除し、原告もまたこれに同意したものであり、その後数ヵ月を経て成立した本件建物の売買はとくに被告が、原告を排してしたものでなく、その売買の成立と原告の周旋の間には直接間接の因果関係は存しないのであり、一方原告は本件建物の所有者の側からの売却委託が解除されない限り、仮りに被告からの買取委託が解除されたとしても他に自由に不特定の顧客を求めて売買成立を来たすべき機会を有したのである。これらの事情とさきに示したような仲立行為の本質とにかんがみるときは、仮りに原告と被告との右仲立契約が委任ないし準委任の関係にあるとしても本件には民法六四八条第三項の適用ないし準用はないものと解するのが相当である。この場合原告が報酬ではなく現に生じた損害の賠償を求め得べきかはなお問題であるが(民法六四一条参照)、本件において原告はこれを求めるものではない。

従つてこの点についての原告の主張も理由がない。

よつて、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武)

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